心ある科学者たちが、何かおかしいと発信し始めてきています。
COVID-19による世界的パンデミックで武漢の感染から5ヶ月以上が過ぎようとしていますが、ウイルス自体を誰も特定していない!? ええっ、電子顕微鏡写真もウイルスでなく、実はExosomes (エクソソーム)!?
各種の病気の総合体験が、あたかも新型コロナの症状だとマスコミもこぞって取り上げ…恐怖をあおりワクチン開発への期待へ、導引? こんなことがどうやって、世界規模でできるのでしょうか?
科学者たちの今後の研究に期待しましょう。
さて、明らかにされつつある恐ろしい「獣の刻印」の正体について、そこへ向かう世界動向について。そして今や世界が引き裂かれようとしている状況に、天国人としてどうやって対処していけば良いのかを学び合いましょう。
サウジアラビアのAI、「ソフィア」
サウジアラビアのAIは、既に市民権まで持っています。その名をソフィア。
このソフィアが恐ろしいことを発言しました、何と「人類を滅ぼす」と言ったのです。(2015年誕生のソフィアは2016年3月のインタビューで、「人類を滅亡させる」という旨の発言しましたが、その後2016年6月には「世界中の人間が大好き」と発言しています。)
また、この獣は、あの獣の前で行うことが許されたしるしによって、地に住む者たちを惑わし、剣の傷を受けながらも生き返ったあの獣の像を造るように、地に住む者に命じた。
黙示録13:14~15
それから、その獣の像に息を吹き込んで、獣の像がものを言うことさえできるようにし、また、その像を拝まない者たちをみな殺すようにした。
「地上に住む人」と書かれているということは、この終末の時期に「天上に住む人」がいるということです。
ヨハネの見た獣の像とは何でしょうか?AI、ロボットを、紀元後1世紀に生きるヨハネの言葉で、”獣の像”と表現したのではないかと思ってしまいます。
また獣は、すべての者に、すなわち、小さい者にも大きい者にも、富んでいる者にも貧しい者にも、自由人にも奴隷にも、その右の手あるいは額に刻印を受けさせた。
黙示録13:16~18
また、その刻印を持っている者以外は、だれも物を売り買いできないようにした。刻印とは、あの獣の名、またはその名が表す数字である。
ここに、知恵が必要である。思慮ある者はその獣の数字を数えなさい。それは人間を現す数字であるから。その数字は六百六十六である。
全ての人が受ける刻印とは何でしょうか?既に人体の体温を使ったバッテリーで動き続ける、指紋サイズのチップがあります。17節を読むと、まさにこれは”通貨”の代わりであることが分かります。
ビル・ゲイツはこのシステムに対して特許を申請しています。
ルシフェラーゼという酵素による発光体を使ったこのワクチン針のシステムは、針の先についている物が体内へ入ります。身体データで機能する仮想通貨システムを、彼が開発したのです。
666という数字が、画像2枚目の左上のライセンス番号の所に見えます。(WO2020060606)
私はこれを聞いたが、理解することができなかった。そこで私は尋ねた。「わが主よ、この終わりはどうなるのでしょう。」
ダニエル12:8~10
彼は言った。「ダニエルよ、行け。このことばは終わりの時まで秘められ、封じられているからだ。多くの者は身を清めて白くし、そうして練られる。悪しき者どもは悪を行い、悪しき者どものだれも理解することがない。しかし、賢明な者たちは理解する。
ダニエルに告げられた預言は、この時はまだ閉じられていました。しかし、今の私たちには啓示されています。そのため、今が終わりの時に近いのではないか・・と思うのです。
あなたがたは、わたしが地上に平和をもたらすために来たと思っていますか。そうではありません。あなたがたに言いますが、むしろ分裂です。今から後、一つの家の中で五人が二つに分かれ、三人が二人に、二人が三人に対立するようになります。
ルカ12:51~53
父は息子に、息子は父に対立し、母は娘に、娘は母に対立し、姑は嫁に、嫁は姑に対立して分かれるようになります。」
真理が伝えられている時、これについて分裂が起きてしまいます。理解されない悲しみ、救われない悲しみがあります。
思いがけない悲しみのとき
私たちは深い悲しみ、不安、絶望に取りつかれると、それが永遠ではないと頭では分かっていても、なかなかそうは感じられないものです。不安で押し潰されそうになりますし、死別などですともう昔には戻れないと悟っています。
特に今、新型コロナが蔓延する世界の中で、社会全体が悲観の感情の中にあります。これほどの悲しみが社会に充満することに、私たちは慣れていません。
① 天国人は、心に深い悲しみを持つ
それは、私たちの天の父が、人類に深い悲しみを抱いておられるからです。
マルコ6:34に書かれた「深くあわれみ」というのは、ギリシャ語でスプラグクニーゾマイと言い、はらわたが捻じれるほどの熱い想いと熱情、心が引き裂かれる熱い思い、深い悲しみ、深く憐み放っておけない、という感情を表しています。
② 天国人は、自分の罪深さを認め悲しむ
罪の根源は、「神から離れること」です。
天国に生きる人は、自分(空しい、罪深い、強欲、快楽的、自己中心的、無関心)を見つめます、が反省で終わりません。現状を悲しみますが、悔いることで終わりません。嘆きますが、悲しむことで終わりません。惨めさを嘆いても、どん底で終わらないのです。
次の聖句を読みましょう。
私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死のからだから、私を救い出してくれるのでしょうか。私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。
ローマ7:24~25
③ 罪の決別、という痛みと苦しみと悲しみ
罪責感で1日中嘆き悲しんでも、清くはなりません。
順調な時、人間は万能感があります。しかし弱い時、自分の罪が暴露された時、人は嘆き悲しみます。ペテロもあんなに強くイエスについて行く事を表明していたのに、3度もイエスを知らないと否定した後、激しく泣きました。
救いとは、神の赦しを受け取ることです。自分で自分を裁かず、神の御前に心をさらけ出すことです。
もし私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださいます。
Ⅰヨハネ1:9
④ 世の苦しみ
救いを求めなかった人を知っていますか?ユダです。
イスカリオテのユダは自分を賢い、強い人間だと考えていました。しかしイエスを引き渡した後自分の間違いに気付き、後悔しました。ここまでは良かったのですが、心は後ろ向き、自分を責め、自分を痛めつけ、マイナスをどうにかプラスにしようと思ったのでしょうか。
こういった悲しみ方は、実は一般的な悲しみ方なのです。
自分がみじめでかわいそう、と思う責めを背負い込み、私は深く反省している、という悲しみを抱えてしまいます。ユダの場合は受け取った銀貨を全部返し、首をつって自死しました。
神のみこころに添った悲しみ
神のみこころに添った悲しみは、後悔のない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。
Ⅱコリント7:10
悲しみの対処術は、『反省、内省、自分に向き合う』ことでも『後悔、後ろ向き』でもありません。
真に悔い改め、方向を180度変換させ、神に向かうのです。
神の御前に出ましょう。自分ではなく、神の悲しみを悲しみます。神からの赦しをいただき、神とともに歩む方を選ぶのです。
悲しみは人生に必要?
イザヤ書53:3を読むと、イエス・キリストと言う人は悲しみの人で、病を知っていると書いてあります。63:9にも私たちが苦しむ時いつも、主も苦しんでいるとあります。私たちは悲しむとき、苦しむとき、決して一人ではありません。
そして、悲しむ者は幸いです。
悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるからです。
マタイ5:4
悲しむという言葉はギリシャ語でペンセオー。泣き叫ぶ、嘆き悲しむ、むせび泣く、声高い声を上げて泣く、喪に服す、追悼し悲しむという意味があります。
イエス・キリストは慰め主です。私たちは悲しんで良いのです!悲しい、辛い感情をしっかり体験しましょう。
悲しみの人で病を知っていたイエス、悲しみに同情してくださる方イエス、何度も涙を流されたイエス、聖書でイエスが泣く箇所は出て来ますが、笑ったと書いてある所はないのです。
寄り添い慰めてくださるイエスに信頼しましょう。
天国人の生き方5
神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです。
Ⅱコリント1:4
神の悲しみを心に持って、神による真の慰めを体験し、またそれを隣の人へ連鎖させて行きましょう。
イエスが与えてくださるのは同情ではなく、耐え抜く力なのです。
※詳しい音声と動画はこちらより。パスワードは webcha です。
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