聖霊なる神 -働きとパワーを体験する-
この世には偽物の『聖霊のバプテスマ異言』、『聖霊の賜物』が横行しています。”世の終わり”の時代には「大きなしるしや不思議」に目が奪われ、誤った勧めにより大混乱が訪れ、クリスチャンやユダヤ人も惑わされます。ex)聖霊が内在されると、後ろに倒れるショー
<異言>
グローッサ:新約聖書で47か所出て来ます。RT(Received Text)の辞書によれば、この単語は ①舌 ②言語・国語・言葉 ③言語によって区別された国民・人々 という意味しかありません。
日本語の聖書での「異言」 :エクスタシー状態で発せられる。普通の人々には解らない、とするのは仮定。
①「舌」という意味での聖書箇所:マルコ7:33、35/16:17 ルカ1:64 使徒2:3、2:26 ローマ3:13、14:11 ピリピ2:11 ヤコブ1:26,3:5~6,8 Ⅰペテロ3:10 Ⅰヨハネ
使徒の働き2:4・・・”他国のことばで~“とあります。これは ①ヘブライ語から通訳された15以上の外国語。②聞く外国人が完全に理解出来た、完璧な異国語。③流暢に、饒舌に話し、酔っているのかと誤解されるほど。④メッセージの内容を自分たちの国語で理解出来た(使徒2:11より)。⑤伝道のために必要に迫られ、無学なガリラヤ人たちがいきなり完璧な外国語を話せた。
目的は、神の大きな御わざを語ること。→使徒2:41によると、その日の3000人ほどがバプテスマを受けた!
使徒2:16~18(ヨエル2:28~29)、使徒2:41/特に”異言”は無し。その日以来「イエス・キリストに信頼した週間に、聖霊を受ける」のが当たり前の事実になった(旧約時代は特定の人にだけ”油注ぎ”があった)。
Ⅰコリント13:8~10/異言はやみます。。パウオー(永久に止む、停止する、終わる)
預言はすたれます。。カタルゲオー(無用にする、役に立たないようにする、活動しないようにする、機能を停止する)
いつ止むのか?!:「完全なものが現れたら」これは、聖書の完成です。今日では、預言も知識も異言も必要ないのです。
異言の賜物は、使徒たちが残した聖書に裏付けを与える為にあった。また、彼らが本当に聖霊を受けているか、またこの人たちには神の権威がある、という証拠にもなった。
ex) 1906年アメリカから18人のペンテコステ派の宣教師が東洋に派遣された。かれらは突然外国語が話せるようになると信じていたが、結果は大失敗に終わった。今日では”異言の賜物”はなくなっている。
②使徒の働き10:44~47
異邦人が”異国語(ヘブライ語)”を話したので、ペテロは驚いた。これまでは、ユダヤ人だけが救われていた。異邦人が救われたというだけでなく、聖霊が下ったということにショックを受けた。
③使徒の働き19:2
「信じて聖霊を受けましたか?」
パウロはこれが、周知の事実だったからこう聞いたのです。しかし彼らが受けたのはヨハネのバプテスマでした。(使徒19:6~7)帰らはアポロを通して救われたのではないでしょうか?聖霊を受けて、少なくとも男子12人が外国語で話しました(確かに聖霊が下った!という証拠としてのしるし)
<使徒の働きにおける『異言』と訳されたグローッサを検証>
①異言ではなく、外国語と訳した方が意味が通る。
②グローッサは「話す」、もので「祈る」ものではない。祈った事例はない。
③聖霊の賜物であるけれど、必ずしも皆が体験するものではない
④救われた者に
⑤グローッサは一生ものではない。一時的なもの。
⑥「イエスが救い主だと信じた者たちに、聖霊が与えられている事は当たり前の事実」となった以降は止んだ。
⑦「未知の異言」「エクスタシーの異言」「意味が分からない未知の異言」これらは使徒の働きの中には書かれていない。
<新たな体験>
使徒4:29~31
かれらは「異言を話させて下さい!」とは祈っていない。「しるしと不思議」=「力」を求めました。これはその当時では、神が確かにいるという証拠になるのです。
結果・・・聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語る事が出来た!(使徒4:33) この体験は、私たちにも与えられます。求めて良いものです。
<嘘をつく事>
これは、聖霊を欺く事です。(使徒の働き5:3、4,9)
イエスがキリストだと信頼する者たちに、聖霊なる神が常に内住して下さっているのですから、救われた者たちの内に住んでいて下さる聖霊を、お互いに意識して生きよう。
聖書のことばに信頼して生きる!
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